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発がん(癌)と細胞周期チェックポイント

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漢方医学療法について
発がん(癌)と細胞周期チェックポイント
細胞周期の「チェックポイント」は、染色体DNA複製が完了しないうちにM期に進むのを防いだり、M期が終わらないうちに次のS期を開始するのを防ぐメカニズムを細胞は有しています。
たとえば、活性酸素によるストレスなどで細胞は頻繁にその染色体DNAが損傷しますが、傷の程度によっては修復に時間がかかったり、DNA複製が途中で止まってしまうことがあります。
染色体DNA複製が完了しないままM期に進んでしまうと、分裂時崩壊という細胞死に至ったり、全ての遺伝情報セットが妹細胞(分裂後の2つの細胞)に受け継がれずにゲノムが不安定化します。
実は、この
ゲノムの不安定化が、癌を発症するリスクを著しく高めてしまうのです。
DNA傷害を残したままG1期からS期に進む場合も同様で、遺伝子の間違ったコピーを作ってしまう危険があり、癌の発症に繋がる危険があります。
このようなDNA複製チェックポイントやDNA傷害チェックポイントのお陰で、細胞はゲノムの不安定化を免れ、遺伝情報の正確なコピーを受け継いでゆけるのです。
これらのチェックポイントにもCDKやCDK阻害タンパク質が拘わっています。

DNAの損傷が起こると R点:(restriction point)と呼ばれる。
一旦、R点という関所を通過すると外界の状況がどのようなものであれ細胞周期は進行するように方向づけられて速やかにS期に進入し、続けてG2期、M期へと進んでいってG1期へ戻ってくる。
もし環境が悪いという決裁が下された場合には細胞はスタートを通過できないため、S期に進まずにそのままG1期にとどまるか、あるいは細胞周期からはずれて静止期(resting [quiescent] state;G0期)と呼ばれる特別な状態に入り休止状態となる。

細胞の置かれた環境によっては、分化、老化、アポトーシス、減数分裂などへ進むべきシグナルを受け取ることもあるが、それらの状態への分岐点も現在のところはこのG1期のR点前に存在すると考えられている。

癌細胞は細胞周期制御が異常となり、回りの細胞から来る分裂停止のシグナルを無視して増殖をつづけてゆく細胞で、多くの発癌遺伝子はこのR点を強引に通過させる働きを持つ。

癌の重要な特徴は細胞分裂後に生じる2つの娘細胞へ正確に染色体を分配ができなくなっていることで、大切な遺伝子が欠落した、より悪性度の高い癌細胞を生み出してしまう。

適合と復帰
癌を考える上で、チェックポイントと密接に関連する“適合(adaptation)”という概念も見逃せない。

この概念はやはり L. Hartwell らが1997年に提出した概念で、チェックポイント制御がかかって細胞周期停止が指令されているにもかかわらず、しばらく時間がたつと傷害が残ったまま指令を無視して細胞周期を再開してしまう現象(overriding a checkpoint)である。

これに比べ、細胞周期停止している間に傷害が修復され、正常な細胞周期が再開される場合は、これを“復帰(recovery)”と呼ぶ。

“適合”が実際に起こっているがどうかには以下の3つの現象が観察されることが証拠となる。
1.チェックポイント制御機構により、しばらくは細胞周期を停止すること
2.ある程度の時間がたつと細胞分裂を始めてしまうこと
3.細胞分裂を始めた時点でも細胞周期の停止信号を保持していること

DNA 傷害チェックポイントに由来するG2/M期停止において適合を起こせない2つの出芽酵母変異株細胞では DNA が二重鎖切断を起こしたときにチェックポイントが働いて8~10時間はG2期で停止しているが、やがて適合を起こして細胞周期を再開する。

そのひとつはM後期(anaphase)の完了に必要な様々なタンパク質をリン酸化することで制御しているタンパク質キナーゼ(CDC5:polo-like kinase)の変異であった。
Cdc5 はチェックポイント因子をリン酸化することでバイパスしてチェックポイント制御から逃れさせていると考えられる。
もうひとつの変異株ではカゼインキナーゼ II の特異性を規定するサブユニットであるCKB2 が変異していた。

この最初に出芽酵母で見つかった適合という現象は、単細胞生物にとっては合理的な仕組みであると考えられる。
すなわち、傷害が致死的なもので無いときにさえいつまでも細胞周期停止を命じるチェックポイントに従い、細胞周期を停止していたお陰で栄養分を他の生物に奪われてしまってそのまま全滅するよりは、何とか増殖を再開して少数でも生き延びた方が淘汰の世界で勝利するのである。

しかし、これが多細胞生物では、適合して生き延びた細胞はもう元の姿ではなく、他の細胞の存在を無視してひたすら増殖してゆく癌細胞となる確率が高い。
細胞そのものは淘汰に勝って生き延びはしたが、その所属する個体は死んでしまう。
進化の過程において、単細胞生物の時代に獲得した適合という淘汰に有利だった制御機構は多細胞生物となった現在でも引き継がれてしまい、それが癌細胞という形で個体を苦しめているとも考えられる。


細胞周期とユビキチン・プロテアソーム系